
記事の目的は【不合格の気持ちの整理】です!
「不合格に気持ちが持ってかれてしまっている人」や「申し訳なさで苦しい人」におすすめです。
こんにちは!ゴロ助です。
まずは、国家試験、本当におつかれさまでした。
いま、思い描いていた未来とは違う場所に立っている人も、きっといると思います。
私のまわりにも、いろんな人たちがいました。
免許が必要な就職先をあきらめた人
あえて就職せず、次の一歩を模索している人
不合格のレッテルを背負いながら働き始めた人
同じ不合格でも、さまざまな道がありますよね。
ただ、どんな道にいても、合格の道を「選べなかった」という思いは共通かもしれません。
「選“べ”なかった」未来と「選“ば”なかった」未来
かくいう私は、働き始めてから「もし合格していたら…」と、
“選べなかった未来”が、ふいに頭をよぎることもありました。
選べなかった道は、すごく気になります。
「選“べ”なかった」と、「選“ば”なかった」では、重さが違うようにも思えてしまう。
そして誰かが、自分の“行きたかった道”を歩いているように見えるとき、
その人が、やたらとキラキラ幸せそうに感じることも…
でも、
選べなかった道が、本当に自分にとって最良かどうかは、誰にもわかりません。
シェイクスピアはこんなこと言ってました。
「There is nothing either good or bad, but thinking makes it so.」
物事によいもわるいもない、ただ、そのように考えるからそうなるのだ。
William Shakespeare
つまり、
“今歩いている道”を「よい道」だと考えるのは、自分。
ただいろんな道がひろがっているだけで、
ほかの道をうらやむ必要はないのかもしれません。
不合格のレッテル
とはいえ、他人の視線も気になります。
「国試不合格」というレッテルは、頭が悪い・効率が悪いという印象につながりかねません。
最初っからそう思われてしまうのは結構しんどいです。
でも意外とそのレッテルが助けになることもあります。
私の場合は「国試不合格」のレッテルで、周囲の人が評価のハードルを下げてくれて、ちょっとしたことでもプラスの評価になった気がします。
そして、同じ「国試不合格」でもなにもネガティブに思われない人もいらっしゃいました。
「国試不合格」というレッテルは、いくつもくっついているレッテルの中の、ほんのひとつにすぎなかったりするのです。
胸を刺す申し訳なさ
どんなに「物事に善し悪しはない」としても、
どんなに「ひとつのレッテルにすぎない」としても、
誰かの期待に応えられなかった申し訳なさは、ふと胸を刺します。
その気持ちは、消さなくてもいいし、消すべきものでもありません。
ただ、
あの小さかったあなたが、薬学生として頑張ってここまで歩んできた。
それ自体が、もう奇跡だと思うんです。
子どもを育てる年齢になって、ようやくわかることがあります。
産まれてきてくれて、大人になるまで育つというのは、どれだけすごいことか。
国試合格という奇跡は起こせなかったかもしれない。
けれど、感謝の気持ちを表す手段は、それだけではないはずです。
不合格だったからこそ、気づけることもあります。
「国試不合格」という言葉に、自分を閉じ込めすぎなくて大丈夫!
未来に向かって
私の知り合いには、
浪人を経たことで、自分に合う仕事を見つけた人もいます。
国試をあきらめ、別の道で輝いている人もいます。
不合格からつながる未来は、悲しいものばかりではありません。
国試をきっぱりと手放す決断をした人、
それは本当に、重くて難しくて苦しい決断です。
だからこそ、そこから先の人生は、もっと自由に、もっと楽しく広がっていくはず!
あと1年頑張る人、
長く感じる1年かもしれませんが、不安がひょっこり顔を出して来たら、
「2月まで、学ぶことに集中できる貴重な時間を楽しむ。」
そんな風に国試まで走り切ってもいいかもしれません。
働きながら挑戦を続ける人、
大変な両立ですが、だからこそ、成し遂げたときの自信は本物です。
どんな道を選んだとしても、
あなたが歩く道が、あなたにとって素敵な未来へとつながっていますように。
心から、祈っています。